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本丸は広場になっていて、桜の花がここでも満開であった。

しかし、今は桜についてはどうでもよくて、山の姿が気になった。

雲は、いまだに厚かった。

本丸から眺めた岩木山は、山裾だけが見えていた。

山頂から下る尾根の残雪が、わずかばかり確認できるくらいであった。

私は、こうなったら雲が晴れるまで、ここにいてやろうと思った。

昼のうちに晴れず、ついに岩木山は見えないかもしれない。だが、それならばそれを見届けて、東北旅行の最終日を終わることにしよう。今日は、もうこの場所から動かないぐらいまで、覚悟した。

時間は、正午過ぎ。

私は広場の木の下に座り、リュックから酒を取り出して、コップでゆるりと飲んだ。

もう一杯、飲んだ。

さらにもう一杯、飲んだ。イライラしがちな性格の私を、心中落ち着かせるには酒に限る。

座ったまま動かず飲んでいる私に向けて、ときどき観光客の人々が、冷やかしの声を掛けた。私は、笑って老いた人にも若い人にも、「一杯どうですか?」と薦めた。しかし、誰も付き合わなかった。私は鷹揚な呑み助というよりも、酒に狂う奇人の態(てい)であるに違いない。人が寄り添わないのは、仕方がない。

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しかしながら、雲をまとった雪山の姿もまた、よいものだ。

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尾根の雪が、雲の切れ目に差し掛かるたびに、様々に色を変えた。岩木山のすべすべとした火山の山肌が時に赤く、黄色く、オレンジ色に移ろっていった。

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そのうち酒が回ってきて、なんだか岩木山が全部見えなくても、まあいいかという心地になってきた。月は隈なきを見るべきかは-

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手持ち無沙汰に、足元の何の変哲もないタンポポの花を、撮ってみたりする。

しかし、東の空を見ると、次第に雲が晴れようとする動きであった。これはひょっとしたらと思い、さらにその場を動かなかった。酒が保(も)つだろうか?

(小田 光男)